けろの漫画雑談所

漫画の感想・考察・妄想の集積所です。主にジャンプ作品についてだらだらと語ります。

【感想】第191話『桜島結界①』|禪院直哉、復活!【呪術廻戦】

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 ども、けろです。

 ちょっと今週の呪術廻戦の展開があまりにもやばくてさっきまで笑い転げていたんですが、それがやっと落ち着いたので記事にしていこうと思います。

 

 それでは前置きもそこそこに早速やっていきましょう。呪術廻戦感想回です。

 

あんたがナンバーワン



 

1.羂索に乗っ取られた加茂家

 

 冒頭で描かれたのは加茂家の様子。時間軸が11月3日なので渋谷事変直後、死滅回游が始まるより以前のことですね。

 家に帰った加茂憲紀が家の人間に声をかけるも、何故か家の人間は加茂憲紀のことを認識しておらず、「次代当主の顔を忘れたとは言わせないぞ」と詰め寄る彼のことを歯牙にもかけません。

 その口から出たのは「憲倫」の名前。僕ら読者は文字情報として見ているのでそれが誰を指しているのか一目瞭然ですが、同名の加茂くんにとっては晴天の霹靂、と言うわけです。何故ならその名前は、ほんの数日前に渋谷で耳にした名前なんですから。

 

 襖を開けた先には窓際で黄昏れる羂索

 マジで夏油のガワの使い方を心得過ぎてて笑うんですが、お前は何他人の家でくつろいでんねん。と思ったんですが、よくよく考えると彼は羂索であり夏油傑であるのと同時に「加茂憲倫」でもあるので、広義での加茂家当主とも言えてしまうわけです。加茂家の人間からしてみれば悪夢以外の何物でもないんですが、彼が語ったのは現在の呪術界の勢力図。

 

 ここら辺の説明が割とややこしいというか、暫くぶりに呪術廻戦で小難しい話が出てきたので完全に理解し切れていません。

 現時点でわかっていることとしては

 

1.加茂家は羂索の手に落ちてしまった

2.保守派の母体である加茂家が落ちたことにより、呪術総監部自体が羂索の手中に収まってしまった

 

 の2点になります。

 加茂家の立場を羂索が自由に使えてしまうというのが最悪でしかないんですが、羂索が加茂家当主の立場で一体何をしようとしているのかが気になるところです。

 

2.禪院直哉の再登場

 

 僕は先週まで、「直哉は死んでない!!!呪霊になって帰ってくるもん!!」「直哉は復活するからwwwガハハ!!」と冗談8割願い2割で生きていました。当然冗談要素が強いのでハナホジしながら「うーん、第190話で登場した呪霊は口が悪いし直哉!w」みたいなスタンスだったんですよ。

 もちろん割と真面目に復活を期待している側面もあったんですが、呪術廻戦は一度死んだキャラクターは簡単に復活しない(甚爾ですら「甚爾の情報を持った何か」としての扱いだった)ので、半ば諦めていました。

 

 「こんにちは 真希ちゃん」

 

 

 なぁ〜〜〜〜〜〜〜〜にぃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!?????

 

 僕の心の中のリトルクールポコがデッカい声で叫びました。いや、あの、本当に?

 呪霊が瞬間移動に近い速度で移動した時、「まさか……」と思いましたよ。まさか"あの術式"なのではないか、と。

 

 でもそれが本当だとは思わないじゃないですか。

 直哉が呪霊に転じて(しかもあんなブッサイクな芋虫…)再登場する展開、一体誰が予想してましたか?

 

 しかもこの直哉復活、およそ100話以上越しの伏線回収だったりするんですよ。それがまた憎いし最高だなと思いました。

 

2-1.「術師」を殺す際のセオリー

 

 話は遡って京都姉妹校交流会編

 第33話、虎杖の暗殺を企てる京都校の面々と楽巌寺学長の間でこんな会話がありました。

 

「敵対術師に止めを刺す時気をつけねばならんことは?加茂」

「はい。死後呪いに転ずることを防ぐために呪力で殺します

 

 これはこの一回きりしか登場しなかった設定であり、読者の誰もが「あ〜、そんな設定あったねぇ」となる程度の会話だったと思います。

 少なくともこの時点では僕ら読者は「なるほど、呪力で殺せば術師は呪いにならないのか」程度の認識しか持ち得ませんでした。何せそれまでの物語でも、そこから先100話以上の展開でも、「術師が死後呪霊となって登場する」というパターンは描かれなかったからです。

 

 直哉は死の直前、真希の母親に背中から包丁で刺されました。包丁がどこにでもある普通の包丁だったこと、真希の母親が戦闘員として描かれていなかったことから彼女が非術師であるとすると、あの時点で直哉の復活は大真面目に示唆されていたわけです。

 まさか158話越しで回収されるなんて誰も予想していませんでした。

 

2-2.「術師」から生まれる呪霊

 

 そしてもう一つ。こちらは第77話で描かれた夏油傑と九十九由基の会話で交わされたやりとりです。

 

「知ってる?術師からは呪霊は生まれないんだよ」

「!?」

「勿論、術師本人が死後呪いに転ずるのを除いてね

 

 これに関しては一般人と術師の「呪力の流れ」の違いを夏油に説明するために用いられた説明で、これにより夏油は「非術師を皆殺しにすればいい」という極端な思想に走ってしまうわけですが、ここで重要なのは「術師本人が呪霊に転ずる以外で術師から呪霊は生まれない」という点です。

 

 要するに、周囲の人間がどれだけその人間のことを想っていたとしても、術師本人が呪いに転じない限り、彼・彼女が呪霊として顕現することはない、ということです。

 

 それら2つの設定を、「禪院真希に破れ、非術師(と思われる)叔母に刺し殺された禪院直哉の復活」という形で回収し、物語に最高のスパイスとして投入してきた芥見下々という漫画家、本当に恐ろしいですよ。禪院直哉というキャラクターの使い方が誰よりもうま過ぎる。

 

 この直哉再登場に関しては色々と記事にしたいので頑張って記事を書こうと思います。

 

 

 とりあえず本誌の感想はこの辺で。

 

 

 それではまた。

 

 

 よしなに。