けろの漫画雑談所

漫画の感想・考察・妄想の集積所です。主にジャンプ作品についてだらだらと語ります。

【考察】スノーホワイト=氷輪丸ではない【BLEACH/BURN THE WITCH】

Hatena

 ども、けろです。

 先日に引き続き久保帯人作品についての考察をやっていこうと思います。

 といっても考察の元ネタ自体は既にインターネッツに漂っていたもので、それに関する所感というか、個人的にそれは違くね?と思うことについて綴っていきます。

 既に著名な考察者の方がこの説に関するあれこれを発信しているので既にn番煎じなのですが、一応僕なりに新規性を付け加えてみましたので、よければ最後まで。

 

 ではやっていきましょう。

 

 

 

 

0.はじめに

 そもそもの出発点として、僕がインターネッツで見かけた考察があります。

 

 BTW内で登場する童話竜スノーホワイトはBLEACHの氷輪丸である。

 

 というものです。

 BTWの童話竜は、その名の通り竜であり、名前が「スノーホワイト」と、どこか氷雪系を思わせるネーミングとなっています。

 それに対して氷輪丸はどうでしょう。氷輪丸が実際に具象化(厳密には日番谷の内在意識の中ですので卍解習得過程における"具象化"とは異なりますが)した際の描写は下記の通り。

 

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*1

 

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*2

 

 他にも氷輪丸の能力を用いて攻撃する際や、卍解の大紅蓮氷輪丸の描写も、がっつり「竜」です。この名前の類似から、BTWに登場するスノーホワイトはBLEACHの氷輪丸と同一なのではないか?という説が浮上したわけです。

 

 まぁ確かに、この描写だけなら氷輪丸自身は日番谷に名前が伝わっていないので、蛇尾丸のように真名が異なる、というパターンもあるのか?と思いましたが、これに関してはこの後修行して斬魄刀の名前を知っただけの可能性もありますよね。主人公の一護も、最初は斬月の名前が聞こえていませんでしたから、斬魄刀との対話の初期段階というのは「姿の視認」から始まるのかもしれません。

 

 これらの描写から上記の説が出てきたわけですが、僕個人としては以下の仮説を提示し、検証していきたいと思います。

 

 仮説:BTW内で登場する童話竜スノーホワイトとBLEACHの氷輪丸は異なる。

 

1.スノーホワイトの語義について

 まずスノーホワイトという言葉について、世間では「白雪姫」の日本語訳でよく知られるこの言葉のそもそもの語義から読み解いてみましょう。

 

 weblio英和辞典・和英辞典における"snow white"の日本語訳としては「雪白の、純白の」という訳が充てられています。*3

 英英辞典ではどうかというと、ロングマン英英辞典で"snow white"と引くと、名詞としては童話『白雪姫』に関する記述がある一方、形容詞的な意味として"pure white"が充てられています。*4

 

 念の為「雪白」という言葉について調べてみましたが、これには文字通り「雪のように白い」という意味が出てきました。*5

 

 つまり「スノーホワイト」というのは、降水現象としての雪や、季節としての冬といった氷雪的な概念は語句として充てられておらず、あくまでも「白さ」を表現する言葉である、ということです。余談ですがまぁそうなると「白雪姫」というのは正確には誤りで、「雪白姫」とかが適切な対訳な気もしてきましたね。

 確かに名前の響きからは近しいものを感じますが、久保先生というのは言葉に関してかなりこだわりがあるので、言葉のそもそもの意味から大きく外れる概念を共通項として使うことはあまりないと思います。

 

 そう考えると童話竜スノーホワイトの能力は氷雪関係ではなく、ヴィランである魔女由来で毒系統も十分にあり得ますよね。

 

2. BLEACH作中での語彙の適用について

 

 では次に、仮に"snow white"が雪や氷雪系を表す単語だったと仮定しても、そもそもBLEACHには作中で既に別のキャラクターに対する形容詞として用いられている、というのがあります。

 そう、BLEACHにおける第二の主人公、朽木ルキアです。

 

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*6

 第567話のサブタイトル、"Dance With Snowwhite"です。

 ここでの"Snowwhite"の訳ですが、withが前置詞として置かれており、動詞がDanceであること、加えてその形容対象が背景のルキアであることも鑑みると、「白雪と共に舞う」等が適訳でしょうか。

 このサブタイトルにおける"Snowwhite"は、これ以降の話の内容がルキアの斬魄刀・袖白雪の真の能力と卍解お披露目であることからも、本来の語義である「白さの形容」というよりは「雪」それ自体とその状態を示す言葉として使われています。まぁ比喩表現としての使用でしょうか。

 

 加えてルキアの斬魄刀、袖白雪は、刀のあらゆる部位が純白の氷雪系斬魄刀で、「尸魂界で最も美しい」と呼称されています。

 つまり、仮に"snow white"という単語が雪や氷雪等を表す比喩表現として用いられていたとしても、それが該当するキャラクターは日番谷冬獅郎ではなく朽木ルキアが最も相応しいということです。白雪姫が世界で最も美しいというところからもきているのだと思います。ダブルミーニングですね。

 

3.童話竜の成り立ちから考える

 

 この時点で既に仮説の立証には十分だと思いますが、これでは今までインターネッツで見かけていた説とほぼ同じなので、個人的に作中設定を見比べていておや?と思った点があるので最後にまとめます。

 

 根拠①:童話竜はダークドラゴンの始祖であり、ダークドラゴンは人間の負の感情によって生まれる。

 根拠②:斬魄刀は個人の魂の資質を反映して形成される。

 

 まず①についてですが、BTWの世界におけるダークドラゴンというのは、基本的に人間の負の感情にあてられた通常のドラゴン(ライトドラゴン)が黒化(ライツアウト)して生まれます。この成り立ちからBLEACHの世界との対比で通常の魂魄(整)が虚となってしまう現象とやや似ています(BLEACHの場合は地縛霊等の現世に留まって長い年月が経過した際に因果の鎖が全て侵食されて虚化するため厳密には完全に同じ成り立ちというわけではありません。ただ、この侵食に霊となった者の負の感情が関わっているとしたら、かなり似たものになりますね)。

 つまり、「ダークドラゴンが発生する過程」において、最も重要なのは周囲の人間の感情です。基本的に人間に害をなす存在ですからね。

 

 対して②の斬魄刀の生成過程ですが、これは己の魂の本質を浅打と呼ばれる汎用斬魄刀が写し取って生まれます。なので個人の魂の資質や本質によってその姿は千差万別です。例えば九番隊副隊長の檜佐木なんかは、「鎖」が魂の本質でした。

 日番谷の魂がどのような形をしてどのような性質のものなのかは作中で語られていませんが、少なくともそれが負の感情由来である描写はありません。というより「感情」というのはあくまで表面的な情動反応であって、「負の感情を持っている」=「魂の本質が負である」とは限りません。怒りも嫉妬も恥辱も憎悪も、それ自体はごくごく瞬間的・一時的な感情の動きであって、それが魂の本質そのものではないからです。

 

 つまり、①ダークドラゴンは分類としては斬魄刀というよりも虚に近い性質を持っている、②斬魄刀は個人の魂の本質を写し取ったものであり、一時的な感情云々で変化するものではない、という二点が結論として導かれます。

 

 ダークドラゴンと斬魄刀の成り立ちそのものが大きく異なる概念である以上、この二つが同一のものとして異なる舞台で描かれることはないのでは、というのが個人的な見解です。

 

 というわけで締めくくり、まとめです。

 

 ①スノーホワイトはそもそも「白さ」を表する語句であり、氷雪等を指すものではない。

 ②仮に詩的・比喩表現として氷雪等を指すために用いられていたとしても、作中では別のキャラクターがそれに適している。

 ③そもそものダークドラゴンと斬魄刀の成り立ち、経緯が根本から異なる。

 

 以上で「スノーホワイト≠氷輪丸」の仮説の検証を終え、考察の締めとします。

 まぁこれだけああだこうだと言っておいて後々「実は一緒だよ!」と作中で明かされたらめちゃくちゃ恥ずかしいんですが、まぁ考察というのは当たり外れではなくその過程・考察という行為そのものを楽しむものなので、こんな考えもあるのか〜程度に楽しんでもらえたらと思います。

 

 

 それでは。

 よしなに。

*1:引用:久保帯人『BLEACH』32巻、184-185p、集英社

*2:引用:久保帯人『BLEACH』32巻、186p、集英社

*3:引用:https://ejje.weblio.jp/content/snow+white

*4:引用:https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/snow-white

*5:引用:https://kotobank.jp/word/%E9%9B%AA%E7%99%BD-548447

*6:引用:久保帯人『BLEACH』63巻、119p、集英社